2011年12月16日金曜日

加東市の「義士祭2011」

赤穂浅野家の分家「家原浅野家」は、お取りつぶしにならず幕末まで続きました。
その家原の赤岸(あかぎし=赤穂義士が訛ったとの説あり)にある観音寺で、義士祭が行われました。
法要・駅伝・剣道大会・落語の会など一日楽しみました(記録写真担当でしたが・・・)。





2011年11月21日月曜日

かさがた温泉せせらぎの湯♪

久しぶりに、温泉へ行って来ました!
嫁さんが肌が弱いので「単純温泉」を探してお気に入りになったのが「かさがた温泉せせらぎの湯」です。
アルカリ単純温泉は少しヌルッとして、湯上り後もツルツルお肌が保てます。
我家から車で約50分ですので、ちょっとしたドライブになります。

2011年11月2日水曜日

神々の系譜

神々の魅力にひかれて多くの書物を読んできました。
きっかけは梅原猛さんの「日本学事始」だったような気がする・・・・

最近の私見では、九州の邪馬台国と近畿の大和は並立していたと思う。
神々の系譜では、九州の卑弥呼系と大和の天照(天照国照彦天火明=饒速日尊)系となる。

ある時、九州系と大和の話合い統合が成立して、九州系の磐余彦(神武天皇)が大和系の御歳姫のところへ養子に来られたようである。したがって、大和地において九州系と大和系が存在することとなった。
天皇の系譜でも、九州系は大和が天照系だから外へ出たがるようで、応神朝から始まる河内政権、天智天皇の近江朝などなど・・・・

神代の世界でも九州系と大和系は争ってきたようだが、決定的なのは壬申の乱だろう。九州系の天智天皇・大友皇子と大和系の天武天皇の全面戦争だった。

結果は大和系が勝利したが、天武天皇が亡くなると天智天皇(九州系)の娘である持統天皇が即位して九州系が盛り返す。

そのような状況で作られたのが「日本書紀」「古事記」であるため、大和系の神々が消されていき、卑弥呼を天照大神と名前を変えて最高位の神にした。

しかし、消そうとした犯罪は完遂されず、素戔嗚尊を頂点とする出雲系=大和系の軌跡があぶり出されている。

我々は藤原氏が創作した「ウソの神様」に拝まされている可能性は極めて高い。

2011年10月26日水曜日

「加東市観光ボランティアの会」の出動♪

本日は、2度目のボランティアガイドに出動します!

案内先は、道の駅とうじょう(東条川疎水)→秋津薬師堂・秋津住吉神社(百石踊り)→黒谷若宮八幡宮→播州清水寺→上鴨川住吉神社(神事舞)→やしろ鴨川の郷(昼食)→三草合戦平家本陣跡モニュメント・弁慶の力石→丹波道(磨崖仏・巡礼墓・板碑)→安国寺(室町幕府6大将軍足利義教の首塚)→道の駅とうじょう です。

盛り沢山ですが、加東市の文化遺産をできるだけ紹介したいと思います。

少し肌寒いですが、好転に恵まれて良かったです。

2011年10月14日金曜日

カニシーズン到来!




蟹の季節が近づいて来ました!昨シーズンは舞鶴若狭道が無料だったので、よく食べに行きましたが、今シーズンは香住へ行こうと思います。写真は昨シーズンのものです。

2011年10月4日火曜日

一区切り?

10月に入り、本年度の後半がスタートしました!

加東市経済活性化計画も明日に中間答申書を提出します。つまり、本日が追い込みです。

明後日からは第1次答申に向けて重点施策を形にしていく、最もしんどい作業に入ります。具体的になるほど多方面との調整が必要で、行政の経験のない私には少しきつい仕事であろうと思います。

まだ夜明けには時間がありますが、今日も一日頑張りましょう!

2011年9月8日木曜日

さわやかな朝♪

秋の気配が強まってきています。
朝顔は種になり、蝉から鈴虫にバトンタッチ!
夜明けも1時間ほど遅くなりました。

早起きしたら車の夜露を拭き、庭の草むしりをします。
一仕事を終えた後に、庁舎へ出勤します。

さあ、今日も一日頑張りましょう。

2011年8月28日日曜日

夏の総仕上げ♪「加東市夏のおどり」

加東市民はとにかく踊ることが好きです。
平池公園夏のフェスティバルから始まり、各地区で踊り(隣の地区にも踊りに行く)、夏のおどりで締めくくる。
加東市の経済活性化は「踊り」がキーポイントになるのではないだろうか?と真剣に考えている・・・・

加東伝の助くんも踊っています。

2011年8月23日火曜日

我家の周辺はユリの花が真っ盛り♪

早朝は秋の気配が感じられるようになりました。
それに合わせるようにユリの花が咲き始め、今が盛りとなりました。
家の周りはユリだらけ!!

2011年8月7日日曜日

加東市の気質「文化財の保存」

この地域には「保存」「伝承」ということを大切にする気質が伺える。
時にはその現場を見ると感動に体が震えることもある。
今回は加東四国八十八ヶ所の85番霊場「田中薬師堂」の3体の仏像を紹介します。
お堂の東面に鎮座されています。
不思議なことにこの薬師堂のご本尊は大日如来なのです!

中央に「大日如来」、左に「観音菩薩」、右に「薬師如来」が鎮座されています。
その大きさにも圧倒されてしまいます。

大日如来坐像


観音菩薩坐像


薬師如来坐像

撮影を許可していただきありがとうございました。多謝多謝♪

2011年7月29日金曜日

「江戸むらさき」という朝顔♪

嫁さんお気に入りの「江戸むらさき」という朝顔です。
日よけには役立ちませんでしたが、目を楽しませてくれています。

2011年6月23日木曜日

加東市経済活性化のキーワードは?

約2ヶ月にわたって「経済活性化」を考えてきて、なんとなく方向性が見えてきたような気がする。

「暮らし」と「消費」がキーワードになるだろう・・・・

とにかく、工業団地が頑張っているし、人口が増えているのだから数値的には文句はないだろう。生活実感が好転すれば、地域は活性化状態に向かうだろう。

その方策を考えねば!市長に合うまでに頭が整理できていれば良いのになあ~

2011年5月11日水曜日

伝の助も募金に協力♪

加東市のマスコットキャラクターの伝の助も大震災への募金に一役買っています。

2011年4月30日土曜日

久しぶりの赤ちゃん♪

加東市商工会の仕事で知り合ったGTさんのご家族を招待して、我家恒例の「たこ焼き&から揚げ」パーティーを開きました。

GTさんと意気投合したのは、年齢でした・

私が課長になって初めての新人(で~すけ)さんと同じ年齢だったからです。

年月は流れ、GTさんも遅めの結婚&結愛(ゆうあ)チャンの誕生だったそうで、我家に連れてきてくれ、私は15年ぶりに赤ちゃんを抱くことができました!感激でした!

消え行く命、生まれきた命を4月は受け止める事となりました。

心の旅は、行き続ける限り終わりませんが、自分より周囲を見つめると自分の立ち位置が見えてくるものだと思い、もう少し生きていたいと思います。

明日は、母親の顔を見に行こうと思います。

2011年4月26日火曜日

月に一度の「海鮮三昧」

住んでいる加東市(北幡丹波)は内陸に位置しており、夫婦二人が大好きな海鮮が手に入らない。
舞鶴若狭自動車道が無料になってから、我家の月一「海鮮三昧」が始まった。
しかしこれも5月一杯になりそうです(6月から元通り有料になるそうです)。

ということで、いつもの通り舞鶴に行ってきました。

月に一度ですが、これを楽しみに頑張って働いているので、食べまくりました。
ささやかですが、目標を持って一日一月一年精一杯生きていくことが大切ですね。

巨大な岩牡蠣:もちろん刺身でいただきました

庶民の味方紅ズワイガニ

イカ、ホタテ、えび、サザエ

締めは、太刀魚のから揚げ

来月が最後と思うと何となくさびしい!

追記:これまでと違い平日休みではなくなったので、休日の賑わいを久しぶりに体感しました。

2011年4月23日土曜日

加東市観光ボランティアの会

本日(4月22日)午後1:30より、国宝朝光寺で実地研修会を実施します。
朝光寺については、これまでに2回座学を行い、その総仕上げに現地で学んだことを確認します。

あいにくの雨(かなりの雨足)ですが、国宝の本堂の中で研修する予定です。

2011年4月18日月曜日

今生かされている環境の下で・・・・

桜の宴の中で、一つの命が散ってしまった。

たぶん、くも膜下出血だったのだろうが、私のすぐ横で倒れられて周囲の懸命の救命活動で救急車を待った。病院への搬送に帯同し、回復を祈ったが帰らぬ人となった。

まったく面識のない人の、あまりにも突然の出来事に、あらためて自分が生かされていることに感謝する気持ちで一杯になった。

なくなられた方は57歳の女性で、病院で家族をお迎えすることとなったが、若すぎる死に言葉も出なかった。

50歳代に入ったら「死に方」も考え始めないとならないのだろう。

とにかく、今生かされている環境の下で、今やれることを精一杯頑張ることが大切だろう。

眠れぬ夜が明けてきた。

2011年4月11日月曜日

我家の花たち♪

器はジブリバージョン

ムスカリ

スイセン

ビオラ

ジュリアン

花の名前がほとんどわからないので、嫁さんに教えてもらいました!

凍てつく朝が辛かった季節が終わり、待っていた季節が訪れてきました。
被災地もこれから迎える春に後押しされて、心に暖かさが戻るよう願っています。

2011年4月10日日曜日

早朝の花見♪

加東市には県立の公園が2つあります。1つは「県立やしろの森公園」田舎体験施設でダッシュ村の雰囲気があります。2つ目が「県立播磨中央公園」で、桜ゾーンは今が見ごろです。

天候は「晴れ!」を確信していたので、嫁さんは6時過ぎからお弁当作りを始め、花見=朝ごはんを決行しました。
誰も居ない園内で、休憩所を独占して朝ごはんを・・・・
もちろん、時間は早いですが、缶チュウハイ・日本酒をいただきました。

桜は7分咲きですが、桜を満喫してきました。
枯れ木のような状態から、一気に花が咲き、散っていく事が、武士道→国のために死ぬ→特攻隊のイメージに「桜」ぴったりだったのだろうか?もともと日本人は散り際にこだわっていたのだろうか?

2011年4月7日木曜日

桜の便り♪

大きな天変地異があっても季節は巡ってきます。

周囲でも日当たりの良い桜が咲き始め、5部咲きの桜も見受けられます。
先回も書きましたが、何故桜は日本人の心を動かすのでしょうか?

NHKで桜の特集をしていましたが、日本人の心の奥まで探るものではなくて残念でした。

桜は、枯れ木からいきなり花が咲くこと、短い期間で散っていくこと、開花は春を告げること等掘り起こしてほしいことが欠落した番組でした。残念!

明日から、桜の取材に出かけようと思います。

自由な身に感謝です!

2011年4月3日日曜日

めぐる季節の中で・・・・

柄にもなく、嫁さんの提案で「加西フラワーパーク」のチューリップを見に行きました。
少し時期が早いですが、久しぶりに気持ちが和んだような気がします。

花は何故人の心を癒すのだろうか?
男性より女性の方が花が好きな割合は多いような気がします。

もうすぐ桜の時期となります。
桜は癒しというより宴会のイメージを持つのは、飲兵衛な私だけでしょうか?

桜のように短命な花に心を動かされる日本人の気質は何処から来たのだろうか?

2011年4月1日金曜日

新年度です!

知り合いの便りでも、転勤者が多いようです。

私も何回目になるか思い出せないほどですが、環境が変わります。あまり真剣に考えず加東市に住み着きましたが、この地域のために働くようになるとは思ってもいませんでした。

きっかけは、バイト気分で勤め始めた「やしろ鴨川の郷」でいろんな仕事を通じて知り合った方々の思惑と私の経験が一致したから、地域経済活性化という難問に挑戦することとなったようです。

短期間に、加東市長、地域整備部長、地域振興課長、加東市商工会事務局長・・・・という加東市幹部の方々と気軽にお話できる事ができたのも、運のつき??だったかもしれない。

これまでは観光施策を通じて加東市の活性化を考えてきましたが、農業や商業も対象範囲に加えて活性化を考えなければなりません。

あまり好きではない(絵に描いた餅になる確率の極めて高い)中長期?基本計画を1年で仕上げる仕事になってしまいそうですが、これまでの経験を活かして地に足の着いた仕事にしていくつもりです。

新年度にあたり、つれづれなるままに書いてみました。

結構「天邪鬼」な自分が頭をもたげてきています。

2011年3月31日木曜日

ピヨピヨ心の旅日記

タイトルが決まらないので、天邪鬼な心の旅にしました。

とにかくブログを続けます。
大ちゃん、よろしく!



2011年3月30日水曜日

加東市活性化のために・・・・

1年5ヶ月通った「やしろ鴨川の郷」も明日でお別れすることになりました。

4月からは、加東市商工会の嘱託職員として契約し、加東市の地域振興課に配属となります。仕事は「地域活性化プロジェクト担当」「加東市観光協会・情報センター担当」となります。

とにかく加東市を元気にすることに協力するということです。

地域を見つめなおすとともに自分も見つめなおしてみたいと思います。

2011年3月29日火曜日

タイトルを変えました!

歴史にのめり込んだきっかけは神代の世界でした。
神代の世界は御伽噺のようであるが、歴然として伝承と形が残っている。
これは何を意味するのだろうか?
写真は島根県の佐田にある須佐神社です。
日本の形を作ったのは、やはりスサノオノミコトではないだろうか?
古事記&日本書紀では暴れん坊のイメージに仕立て上げられているスサノオだが、本当の姿なのだろうか?
住んでいる地域の文化&伝承も、一歩踏み込むと奥深いものがあります。
この国の形を考えるには、先人たちに思いをはせねばなりません。
地震の被害に耐える人々、のどもと過ぎれば熱さを忘れる人々、バブルに踊った人々、我々日本人の気質は何処から来たのか?
つれづれなるままに考えてみたいと思います。

出雲大社の1コマです。

大国主命と白兎です

八重垣神社です

出雲大社以外は一度訪ねてみたかった神社です。
今回、鳥取・松江・出雲の旅に出て、大いなる歴史の中で自分を探してみたい気分になりました。
続く・・・・

2011年3月28日月曜日

加東四国八十八ヶ所霊場探訪「16番外:貞守の薬師堂」

貞守(さだもり)の薬師堂は、大きな屋根が特徴的なお堂です。
もともとは茅葺の屋根だっただろうが、現在は瓦?屋根になっています。


2011年3月25日金曜日

加東四国八十八ヶ所霊場探訪「15番:少分谷の延寿庵」

旧東条町の東部・少分谷(しょうぶだに)に延寿庵があります。
ここも何となく新しい感じがして、地域住民の方が大切に残しているお堂であることが伺えます。


15番札所であることが刻まれています

壁の白さが印象的です

周辺もきれいに整えてあります